2024年05月13日
水曜日の磐田戦。この試合こそ絶対に勝ち点3をとらないといけない試合だ。(毎回そう言ってはいるが)。磐田は現時点でJ1得点王のジャーメイン良が怪我で1か月以上出場できなく、水曜日の試合は当然出られない。前節はそのせいか無得点。 ただ、ここまでのチームの得点は18点とかなり多い。これもジャーメイン良とストライカーのペイショットの2トップが前線で迫力をかけていたのが主な理由だろう。 そのジャーメイン良がいなくなってペイショットのワントップで前節はその初めての試合。 無得点で0対3で負けた。中3日ということもあり、横内監督は当然、メンバーも代えてくるし、戦術もある程度代えてくるはず。主力メンバーが何人か別メとの報道もあり、メンバーを大幅に変えてくる可能性もある。 もしかしたら2トップにするか、ペイショットのワントップにするにせよ。そのメリットを最大限に使ってペイショットにはたかせ、サイドを利用した攻撃を徹底してくるか、またはロングボールを利用してこぼれ球を狙う作戦を立ててくるかもしれない。 ジャーメイン良がいなくなってからの2試合目。当然、前節の反省点を修正してくるはず。はっきり言って簡単な相手ではない。しかし、この試合はとにかく結果を出さなければいけない。 こちらの先発メンバーの変更が推測されるのは、武蔵に代えてワントップにゴンちゃんを置くこととCBを家泉に代えて大八にすること。これはさすがのミシャもやると思う。 ただ、他のメンバーは頑ななミシャの序列のせいで、中3日ということもあってあまり変わらないような気もする。 また、今日のスポーツ報知で宏太が言っている ↓ https://hochi.news/articles/20240513-OHT1T51072.html?page=1 川崎Fとコンサの違いとして「動きとサポートの質で川崎との差が出た。同じ1トップの武蔵とハットトリックしたゴミスの差という見方をした人もいるとは思うが、なぜゴミスがシュートにいけたかというと、いいおとりの動きとサポートがあったからに尽きる。」 恐らくはこの試合の1点失点目、2点失点目を言っているのだろう。昨日の私のブログでは1失点目に川崎Fの惑わす動きがあって家泉はこれに気を取られたと書いたがまさに宏太の言っていることと附合しているだろう。しかし、別に元プロと同じ考えだったからと誇るような気持などさらさらない。 一番言いたいのは、そのための対策を考えて守備の練習をしなければいけないのではないかということ。 宏太は攻撃についてはこうも書いている。「J1で戦う中で、1人で突破してシュートまでというのは相当難しい。2人目、3人目がいいタイミングで攻撃参加してこないと相手は食いつかないし、ゴールとはならない。武蔵にパスを入れてもただ当てるだけのボールでは、相手DFを引き出すこともできない。」 宏太が書いているような得点をするためのこういう努力を練習からさせているのかどうかが問題だ。 ただ、パスをしてデフェンダーがほとんどいないパスワークばかりでゴールに流し込むだけの練習の方が多いような気がする。もっとも毎日練習を見ているわけではないので間違っていたら非常に申し訳ないが。 磐田戦はいつのもようにサイドまで素早くボールを回してもいざゴール前でのシュートをためらったり、バスケで言う2メンゲーム(2人でゴールまで完結するプレー)はバスケではかなりメリットもあるが、サッカーでは、パスを出す受け手の動きが特定されるとボールを持った選手と受け手の動きがバスケよりもスピードが劣る分、その動きが読まれシュートにすらなかなかいけないだろう。 要はやはり宏太の言っているように前線でのオフザボールの動きだと思う。これを選手個人個人あえて意識してやらないといけないと思う。 こういうことができれば、ゴールするにははもちろん個のストライカーの力は大きいが、頼らなくてもある程度はできると思う。今日の宏太の記事ではその答えが明白になって前の霧が晴れたような感じだ。 この宏太の記事は選手の多くも見ているだろう。特に攻撃の選手はこのことを頭にしっかりいれて磐田戦を戦ってほしい。 勝手に叱咤コンサ外伝 孔明ツイッター
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名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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