love2003
Re: 昨日の柴田氏の発言の中で、?と思った近藤へのもの
2025-10-27 18:29
こんにちは 最近はタイトルが短くなってしまって主様の失望感を表しているのかなと勝手に思ってます 笑←不謹慎でしたらごめんなさい 水戸戦は仰る通り右サイドに違和感がありました ミシャ時代の話はあくまで対比という事でコメントさせていただきますが ここ数年で言うと ・菅の近くに福森がいて、福森の方が菅より高い位置でクロスを上げる ・金子の近くに田中駿がいて、金子より高い位置でクロスを上げる ・近藤の近くに高尾がいて、近藤より高い位置でクロスを上げる など「追い越す動き」がありましたが、水戸戦はほぼ無し 逆に左サイドも西野がミンギュを追い越すシーンってほぼなかったと思います 中村が田中宏武を追い越す動きはあったんですが。。。 つまり何が言いたいかというと 「早くサイドに展開してチャンスメーク」 の方法論として色が変わったというか、、水戸戦は高尾がここまでと全然違った印象です そして一番強く感じたのは 荒野はシャドーの選手じゃない という事なんですが、主様は「荒野シャドー」と「荒野シャドー起用の選択」はどう感じてますか? 当方は 荒野を潰し役にするとゲームクラッシャーに早変わりするかもしれないからシャドー起用 田中克幸はプレー強度が低いからシャドー起用 というイメージがあって適所とは思えないけど使いたい!って思われてるように感じてます
剛蔵
Re: 昨日の柴田氏の発言の中で、?と思った近藤へのもの
2025-10-27 21:27
近藤がボールを受けた直後の周囲のフォローが少ないのは気になります。 まぁ近藤に限った話ではないけど、年々オフザボールの動きの質が悪くなっています。 僕のブログのコメントにも書いてますが、練習内容の問題でしょうか。
孔明
Re: 昨日の柴田氏の発言の中で、?と思った近藤へのもの
2025-10-28 19:49
◎love2003さん。 タイトルが最近短くなったのは失望感を表しているというわけではないです。(汗…。)」本音は力がtか入っていないということも否定はできません。(苦笑) 私は荒野シャドーはその試合によってはありかもしれませんが、基本的には反対です。 おっしゃるとおり荒野のボランチはレッドの危険性はあるかもしれませんが、荒野は基本的にはボランチに置いて相手に寄せて、ボールを奪う役割に徹すべきと思っています。 荒野は前に運ぶ時に多いと思っているのですが、ここぞと言うとときに軽い適当なパスなどのプレーをする癖があります。シャドーに置くとせっかくの決定機が無駄になります。 また、シャドーでは荒尾のプレスが結構はまることがありますが、水戸戦について書いた私のブログにも書きましたが、右サイドで近藤がボールをもった際の動きがぎこちなかったり、スぺ-スに入っていく動きがぎこちなく、やはり基本的には前線の選手ではないと思っています。 荒野をあえてシャドーに入れるなら、勝利している際に、相手のビルドアップを遅らせる役割としてい入れるという起用方法でよいのでないかも思います。 克幸の起用方法は難しいですね。ボランチでは強度が低いし、シャドーだと汗かき役ではなく完全にパサーの役割に限定されてしまうと思っています。それでも彼にはミドルシュートがあるのでどちらかと言えれればシャドーかなとも現時点では思っています。 ◎剛蔵さん。 そうなんですよね。オフザボールの動き、そして攻撃ではうまくパスを引き出す動きが出来ていないと思っています。水戸戦でもそれが目立ちました。もっと練習して互いあうん呼吸でといいますか、味方の次のどう動くかに着目してこう動いたら見方もやりやすいだろうと考えたプレをしてほしいと思います。
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名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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