剛蔵
Re: 創社長のインタビュー。筋としては一本筋は通っているが、個人的には非常に違和感があった。
2025-08-12 21:22
僕の勝手な見立てですが、恐らく創さんは磐田戦後に解任の考えはあったと思います。 ただ岩政さんが「「これからは攻撃的にいく、今の戦力であればシステムを変えた形で 攻撃的なアプローチをしていく」と言うのを信じて任せようと考えたんでしょう。 ただその結果が鳥栖戦と長崎戦の内容なので決断した、と見ています。 自分のブログにも書きましたが「ミシャサッカーの承継と前進」は過去に 森保さんが実践して結果も出しており、中断期間で宮とニキを補強した今、 同じように実践できる陣容とチャンスは来たのかな、見ています。 あとは柴田さんがどのようにチームを作るか?まずは守備⇔攻撃の速さを 追求すべきなのかな?と見ていますが、お手並み拝見といきたいです。
孔明
Re: 創社長のインタビュー。筋としては一本筋は通っているが、個人的には非常に違和感があった。
2025-08-14 18:40
剛蔵さん。 それにしても岩政さんの解任は遅かったと思います。 いろいろとありましたがいずれにしても柴田新監督がどんなサッカーを見せてくれるかだと思います。ミシャと岩政さんの良い所と悪い所も十分に分かっていると思いますのでプレッシャーはかなりのものでしょうが、それをうまく利用するなどして、奇跡を起こしてほしいと思います。
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名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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