loveless
Re: 一サポーターが考えるコンサJ2降格の要因3(ミシャと言う劇薬NO.5 ~いびつなシステムを続けた末)
2024-12-22 01:37
ミシャサッカーで一番気になったのは、カウンターを食らいやすくまた消耗も大きなシステムを採用しているにも関わらず、1-0,2-0とリードしたとしてもペースを変えない、変えられないところでした。 2-0になれば、極端な話、もう点なんかいらんので、あとは時間を進めて試合を終わりにすればいいだけですが、それができない。これは、ロングボール主体のサッカーができないからです。ここ数年のコンササポは2-0,3-0でも安心できなかったのではないでしょうか? また、どんな状況でもGKからショートパスをつないでいくことにこだわていましたが、それでチャンスに結びついた回数と、途中で奪われてピンチになった回数とどっちが多かったのか。 今期は福森がいなくなり、効果的なFKも少なくなり、スローインも同様。町田が徹底的にロングスローにこだわったのとは対照的です。 せっかくのFKなのに、ショートパスですぐに後ろへ下げるとか、愚の骨頂としか思えないです。 等々、全体的にショートパスへのこだわりが異常に強く、それが害悪に近いレベルにまで達していたような気がしますね。
孔明
Re: 一サポーターが考えるコンサJ2降格の要因3(ミシャと言う劇薬NO.5 ~いびつなシステムを続けた末)
2024-12-22 20:19
lovelessさん。 この7年間ミシャは試合のなかで流れを変えるような采配をしたのは1年間で数試合しかみたことがありません。そういう流れを変えるような采配をそもそも苦手にしているんでしょうね。試合でやっていることの多くがやはり理にかなっていないからこうなったとしか思えません。いわば自明の理ですね。すべてがそうだと思います。
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名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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