2023年12月20日
夜中過ぎに投稿した福森が横浜FCへのレンタル移籍が濃厚という話と清水のSBの山原の獲得に乗り出しているという話はやはりスポーツ報知に載っていた。 WEB版では福森の話が出ていたし、新聞を買ってきた。そこには山原のことも書いていた。 福森はいよいよ決断したのだろうか。来年は、桐耶がそのままならかなり出場機会が減るだろう。それを見越した判断だろうか。もちろん行くかどうかはわからないが、記事に出た以上はかなりその可能性が高いということだろう、それに加えて噂の駿汰や大八の動向によってはDFラインが完全に一から作り上げるというような状況に陥るだろう。 なによりミシャのまた嘆きが聞こえてきそうだ。 一方の清水の山原は横浜FCの山下の獲得が難しくなったことで動きを変えたのか。ただ、山原は今シーズン右利きだが右サイドもできるが、ほとんど左サイドのSBやSHをやっていた。23歳。今年は大卒2年目、165cmと小柄だが突破力があってドリブルが得意。右利きだが、左足のパス、クロスはほとんど右利きと遜色ない。普通の場面でも左足を頻繁に使う。 キックの精度が高くクロスの精度が高い。小柏がいなくなってワントップに上背の高い外国人ワントップを据えるなら恰好のサイドだろう。また、福森がいなくなるなら 彼はFKもうまいのでFKは任せることができる。 ただ東京Vと競合している、果たしてどうなるか。 https://news.yahoo.co.jp/articles/a031a3adb3bbcb5169eec24f436adb393b422fb9勝手に叱咤コンサ外伝 孔明ツイッター
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名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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