2023年10月01日
今日のアジア大会サッカー日本代表は2対1で北朝鮮を破った。 前半は相手のフィジカルと徹底した前からのプレスと引いて守る守備の使い分けに苦しんだ。馬場ちゃんの相手のフィジカルにやられたり、相手の引いて守る作戦に前線に出しどころがなくパスを連発、危ないシーンが多かったが、前半失点しなかったのが大きかった。 後半は相手が前半に飛ばし過ぎたのが影響したのか徐々に疲れが見え、馬場ちゃんのコンサ仕込みの左へのサイドチェンジからのプレーでサイドからクロスに内野が得点。 そこから相手も前に出てくることが多くなり、スぺースができてそこを攻め込んだ。しかし、相手の左サイドからの抉った攻撃で日本選手の何人もボールウオッチャーになり、バイタルを空けてしまい、そこから決められた。1-1 しかし、日本はロングボールから飛び出した西川がGKに倒されPKゲット、そのPKを松村が決めて再びリードそのまま逃げ切った。 この試合は北朝鮮選手のラフプレーがやはり目だった。かなりのイエローをもらいもしかしたら退場者がでるのではないかと思ったほど。 この連中は試合後でも審判に食ってかかる様子も見せ慌ててスタッフが守るような状態に。またその前には日本のスタッフが水をよこさないとして叩くふりをして水を強引にとるなどやりたい放題。こういう連中は再び国際大会に出さない方がよい。 馬場ちゃんは前半こそ前線に動きがなくパスコースがなかったこともあり、パスミスが多かったが、後半は1点目の起点になるサイドチェンジや守備でも安定した働きを見せた。 勝手に叱咤コンサ外伝 孔明ツイッター
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Re:アジア大会サッカー日本代表北朝鮮戦の馬場ちゃんの働き
2023-11-23 18:25
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名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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