2023年03月28日
磐田戦、大嘉は決定機を1度逃した。バーに当てたが完全にフリーでGKと1対1。それもGKは定位置でまっていて、シュートコースがかなりあってこれはゴールしなければいけないシーンだった。 他にも前線でボールを収めることができず、ボールロストがかなりあって、本人にとっては思い出したくない試合の1つになっただろう。サポーターからも結構叩かれている。 このブログでも大嘉を批判したが、なにより批判するのはあれだけ大言壮語して出来ないことに対する批判と期待感の表れだろう。あれだけの身体能力を持っていて、ブレイクしそうなのにブレイクできないという、本人も言っていたがケチャップの蓋があかないイライラ等。 サポーターの気持ちも十分わかる。 しかし、まだ20歳。プロ3年目。日本的で普通に考えればプロで大活躍する年とも言えないだろう。 もっとも昨年の序盤の活躍があったから彼には期待してしまう。また、彼は世界を相手にしていると常日頃から言っているとおり20歳はブレイクしてもおかしくない年齢。 そういうことがサポーターの間でも議論が起こるのだろう。 大嘉は磐田戦で交代させられてベンチに戻ったが、その後、味方の選手がゴールをしても素直に喜べない表情だった。かなり落ち込んでいたと思う。 だが、大嘉はまだまだできる。大嘉を生かすにはサイドからのクロスを徹底して入れることと当ブログでも何度も書いているが、その戦術をとらないのは、あえて大嘉をそれだけの選手にしないためということもあるのだろう。 大嘉にはスケールの大きな選手になってほしい。もっている能力は十分世界と戦える選手だ。それだからいざこのような状態になったらバッシングも強い。 現在、大きな壁を乗り越えるために戦っている状態だと思うが、その壁を乗り越えていけばパリ五輪の道もあるだろうし、フル代表も自然と付いてくるだろう。 いちサポーターとしてはとにかく応援するしかない。この言葉しかない「頑張れ大嘉」。 勝手に叱咤コンサ外伝 孔明ツイッター
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Re: 「頑張れ大嘉」
2023-03-28 23:41
大嘉はいろいろ言われていますが、鳥栖戦も磐田戦もあれだけの決定機を迎えられることはFWとしてポジショニングができているからだと思っています。どんな名手でも1対1で防がれることはあるもの。決定機を増やすことができれば自然と結果は出てくると思っています。 1番心配なのは結果が出ないことで心の遊びがなくなることでしょうか。 失敗してもいいのでゆとりを持って欲しいです。 それさえできれば、冗談抜きで得点王にもなれると思っています。
ダイジ
Re: 「頑張れ大嘉」
2023-03-29 13:00
上手くいかなくて本人意気消沈しているでしょうが、 乗り越えてほしいと思ってます。 着実に進歩しているのはわかってますし、 厳しい声が向けられるのは期待の裏返しですから。 他の選手も決めるべきところを宇宙開発しているので、 良い意味で図太くなって成長してほしいと思ってます。 今は夜明け前なので明けたら、無双すると思ってます。 ドリブルで駆け上がる姿だけでワクワクさせられる中島選手はダテじゃないと思ってます。
孔明
Re: 「頑張れ大嘉」
2023-03-29 20:37
◎はさん。 そうですね。1点取ればかなり楽になると思います。そういうことで歯車がよいところへ回転していくと思います。大嘉素質は並大抵ではないので、いずれは開花してほしいと思います。期待しています。 ◎ダイジさん。 そのとおりだと思います。いずれ大活躍してくれると思います。あのジャンプ力、スピード。ストライカーとしての素材を誰よりも持っていると思います。今は落ち込んでいるでしょうが少しづつでも気持ちを上げてほしいと思います。
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名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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