2020年03月25日
今日のJリーグ理事会で正式に日程の再延期が決まった。 これはやむを得ない措置。 J1は5月9日土曜日の清水戦からになった。 また、密集(各地から集まること)を防ぐために、2カ月をめどに遠距離からの観戦を自粛してもらう。 密接を防ぐために前後左右の座席を空ける。などの対策を打ち出した。 そして一定期間アウェイ観戦の席を設けない」ことも検討しているという。さらに「収容数は50%以下を目指す」 そうだ。 また、今日ノノ社長はインタビューで、「GWの人の流れをできるだけ少なくするためにGW明けがいいのではないかとJリーグに提案していた。」 「ざっくり5億くらいの赤字がでるが、そこはわれわれにまかせてもらって選手にはできることをやってもらいたい。」と言っていた。 北海道は少し落ち着いたが、他の地域ではさらに感染者が出ていて、専門家会議でも 開催は4月末にすべきと意見をもらっていた。 まだまだ感染者が全国的に発生しつつあるときになかなか開催には踏み切れない。 このまま5月から再開できるとしたらリーグ戦は11試合の延期になると思うが、過密日程はやはり避けれなさそう。 そしてアウェイは当分の間行けなさそうだ。 また前後左右の座席を空けるのはいいが、指定席の取り扱いはどうするのだろうか。 50%以下というのもどうするのか抽選にするのだろうか。 シーズンシートの購入者に対してはどう対処するのか。 それにルヴァンカップはどういう形にするのか。 など、疑問は数多い。 Jリーグも各チームもたいへんだ。 リーグ戦も水曜日に入れないと試合はこなせない。 それでも東京五輪が延期になるので、そこにもって行くことができるのは少しはましだろうか。 このまま5月から公式戦が始まってくれればなんとか全日程を過密スケジュールでもやれそう。 まずは水曜日と土日の連続になるだろうが、なんとか選手の工面をしていってやらなければいけない。 選手の疲労が気になるが、福森みたいにどんな試合でも出たいと言ってくれる選手もいるだろう。もっともやみくもに起用はできないが、なんとかは層の薄さをカバーしてほしい。 とにかく今年は総力戦になる。リーグ戦やルヴァンカップでサブメンバーも出場の機会は増えるだろう。 怪我には気を付けて5月の再開を待とう。とにかく再々延期はないように願いたい。 勝手に叱咤コンサ外伝 孔明ツイッター
むぎー
Re:ノノ社長はGW明けの再開をJリーグに「提案していた。
2020-03-25 20:30
こんばんわ。気が付けばトータル2か月程の延期になりましたね。 残念ですが仕方ありません。ここにきて感染者が増えてきてる情報もあり油断できませんね。私自身、仕事面で影響が出始めて出勤も不定期気味です。生活の先行きの不安は大きいですがこの際家に籠ってサッカー以外の趣味を満喫します。選手たちも長期キャンプ明けと思ったら今度は長期オフと体の作り直しが大変そうですね。 今年は五輪五輪と騒ぐはずだったのにコロナコロナになり本当に分からないものですね。
剛蔵
Re:ノノ社長はGW明けの再開をJリーグに「提案していた。
2020-03-25 20:41
なるほど、そういう意味でのGW明け再開は納得できます。 北海道は落ち着いたようですが、青森県でも感染者が出てしまいましたし、 収束が見えないだけに具体的な対応策はこれからにならざるを得ませんね。
孔明
Re:ノノ社長はGW明けの再開をJリーグに提案していた。
2020-03-26 21:00
◎むぎーさん。 本当に中断期間が長くなりましたね。5月初旬から再開しようという考えですが、これとてもしかしたら再々延期になるかもしれません。 今は東京が大変です。なんとか早く収まってくれればいいのですが。スポーツイベントが軒並み中止になって個人的には週末やることがないのが困っています。また、練習試合をダゾーンでやってくれればいいなと思っています。 ◎剛蔵さん。 青森は大丈夫ですか?北海道も今は終息に向かっていますが、気を緩めると第2波が猛威を奮ってくると思います。なんとか早くサッカーが日常になる日を願っています。 予定通り5月頭から再開してほしいですね。
プロフィール
名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
最新のエントリー
リンク集
月別アーカイブ
カテゴリー
コメント
検索