2019年08月21日
昨年末に脳腫瘍の手術をした横山が昨日練習に参加した。 参加したと行っても挨拶によった横山をミシャが練習に誘ったとのこと。 1日だけの練習参加だった。 横山 「ミシャが『動けるならやっていきなよ』と言ってくれた」 「みんなうまくて楽しかった。」 ファミリーとして受け入れてくれてすごくうれしい」 選手会は募金活動をして支援。 サポーターは毎試合、復活を祈る横断幕を掲げている。 「すごくうれしい。応援してくれる人がいるので、もう一度ピッチに戻りたい。」 手術から約8か月経過した今は、月一度の通院 生活面は「手術前と同じ」 4月からサッカーの練習も再開しており、母校の帝京高校で高校生と一緒に、週5回程度の練習を行う。 横山 「ヘデイングも普通にしている。ゲームも大丈夫」 横山 「コンデイションを上げてどこかでテスト生として練習参加させてもらって、契約を勝ち取りたい」 今後は関東で練習しつつ次のチームを探すそう。 横山の元気な姿が見られて良かった。現在の詳細な状態はわからないが、月1度の通院だそうなので、日常生活にもまったく差し障りはないのだろう。 なにより、練習を再開しているというのは嬉しい限り。 } %color(blue){ヘッドもゲームも大丈夫であれば心配はないだろう。後はプレーできるチームが早く見つかってほしい。 横山も若くはないので、なかなか受け入れてくれるチームはないのかもしれないが、頑張ってアピールを続けて欲しい。 横山はまだまだやれると思う。病気で一旦活動をやめたプロ選手はたくさんいる。復活した選手も多くいるので、諦めないで頑張ってほしい。 サポーターも応援している。 勝手に叱咤コンサ外伝 孔明ツイッター
プロフィール
名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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