2018年10月13日
今日の道新スポーツには宮澤のことが書いてあった。 昨日は11対11のゲーム形式をやって 最初は主力組のボランチに入ったが途中から3バックの真ん中に入ったそう。 「1回経験したし、やることはあまり変わらない。どっちの準備もしていきたい」と言っている。 代わりのボランチにはミンテと荒野。 ビルドアップやサイドチェンジがスムーズになり、中盤の運動量は上がってより攻撃的なオプションになったそう。 「競争力もあがるし、よりチームを活性化できれば」 宮澤のスイーパーは賛否両論あると思うが、鳥栖戦ではうまくいった。ミンテが不安定になったための苦肉の策だが、どこでもそつなくこなす宮澤に助けられた。 次の湘南戦でも宮澤がスイーパーに入ればちゃんとこなしてくれるだろう。 ミシャの戦術ではボランチの選手がスイーパーに入ることはよくある。 あまり心配はいらないと思う。 ただ、そのまま宮澤をスイーパーにずっとしておくのは反対だ。 やはり宮澤は今はボランチが適任だと思う。 中盤でスペースを埋めてセカンドボールを拾う黒子の役が今は宮澤に合っていて適任だと思う。 一方宮澤をスイーパーにしたならボランチはどうなるか。深井は決まりとして相方は誰になるだろうか。ミンテと荒野を試したらしいが、ミンテは荒野はどっちもどちらかといえば潰し役、気の利いたパスやスペースを埋める仕事はあまりできない。 やはりここでは兵藤の登場を待つしかない。 荒野やミンテとくむなら兵藤がいいと思う。 とにかく宮澤にはがんばってもらいたい。 果たして湘南戦はどっちをやるか。 勝手に叱咤コンサ外伝 孔明ツイッター
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名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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