2017年09月17日
アウェイで2点差は本当に厳しい。チームに力がないのと、アウェイの芝に慣れていない。 そういう意味では前半早々に2失点してしまってはチャンスはない。 1失点目はソンユンのミスもあるが、今日の新聞にはDFとかぶってしまったこともあったらしい。 2失点目は相手に競らないDFのミス、こうミスが重なってはアウェイではなかなか勝てない。 攻撃は前半結構チャンスがあった。しかしそこで決めきらないと返って流れが不利になる。 一方神戸はDFにしっかり体を張って守っていた。 前半のヘイスのシュートもDFが戻って防いでいた。 こちらはラストパスが合わないシーンが相変わらず。スリッピーでパスが早く回る芝に攻守ともやはり対応できていなかった。 後半はジェイが入ったが前に向けるシーンもほとんどなくジェイもボールをもらいたくて後ろに下がったりサイドに行ったり。ジェイの下がったスペースに中盤から飛び出せればよかったが、なかなか前にいけず。前半相手のパスワークに走らされたつけか、後半中盤でセカンド ボールがなかなか拾えなかった。 もっとはやく伸二を出してボールを所有する選択をしてほしかった。 そして後半、終盤はパワープレーをするのかつないでシュートまでいくのか中途半端だった。クロスもふわっとしたクロスが多かった。これなら相手に簡単に待ちかまえられるし、GKも取りやすい。ジェイなら多少アバウトなボールでも競れるのでもっと速いクロスでも良かったように思う。 そして相手が5バックになってまったく崩すことができなかった。こういう事はこれから先にもあるだろう。 何度も言っているがアウェイでの戦い方は根本的に考え直さなければいけないのではないか。 勝手に叱咤コンサ外伝 孔明ツイッター
プロフィール
名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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