2015年02月26日
今日はJ3初参戦のレノファ山口との練習試合。 45分×2で3-0で勝った。 勝ったのはいいが内容はどうだったのか。 得点経過は 1本目内村のシュートが相手ハンドでPKゲット 都倉がけり込んで1点先制。 前半はその1点に終わった。 後半は総取っ替え 伸二、イナ、前兄、ナザリト、前俊が入って攻勢に 伸二、ナザリト、前俊のワントップ 2シャドーだったらしい。 早々に前俊からのパスを前兄が右サイドを突破してゴール。2-0 そして古田からのパスでナザリトがGKが飛び出たところをゴールに押し込んで3-0 伸二が膝を痛めて退場したそう。 ちょっと伸二の様子が心配だ。 そのまま試合終了 3-0で勝った。 主力が出場していたと思われる1本目は PKによる1点ではこころもたない。 1本目はもう少し点がほしかったところ。 現地参戦のサポーターの方は1本目はあまりできがよくなかったとつぶやいていたが どうだったのか。 2本目は早々に2点をとったらしいがその後は沈黙。 今年からJ3に参戦するチーム相手にはもっと点をとってほしかった。 負けるよりも引き分けるよりも勝ったことはよかったが、とにかく内容はどうだったのかか。 今日課題として出たことはしっかり反省して次の練習試合に生かしてほしい。 勝手に叱咤コンサ外伝 孔明ツイッター
プロフィール
名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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