2013年12月25日
まずは純貴がタイのコンケーンFCへの期限移籍が決まった。 1年間だと思ったら7月31日までだった。 いずれにしても自ら選んだ道 FWだと結果を出さなければいけないので、ゴールという結果を出して 本人がHPで言っているとおり、コンケーンFCをプレミアリーグに昇格させて同時にリーグ得点王になるつもりで頑張ってきてほしい。 タイは政情不安だから心配はあると思うが、たくさんの日本人がタイでプレーしている。 純貴ならすぐ馴染むだろう。とにかく成長して帰ってきてほしい。 それから今日の日刊スポーツにビンと小野の続報が載っていた。 まずビンは年内に決着する事が確実になったとのこと。 3度目の修正条件を所属元のベトナムソンラム・ゲアン側に提示。 「これまでは条件提示だけで交渉が停滞も、複数にわたる現地でのビンの直接交渉もあり、具体的な詰めの段階に入った。」 三上GMは「だいぶ進展した。年内に決着できるメドが立った」とのこと。 両クラブでは1,000万円以上の開きがあったが、上積みで金銭的な調整が進んだ そう。これでクラブ間の合意も秒読みになったらしい。 嬉しいニュースだ。まだ予断は許さないが、年内に決着する見込がたったことはよかった。このまま交渉が進みビンの残留が決まってくれればいいが。 ゲアン側の対応がどうなるかが一番の問題。 拒否することも当然考えられるわけで、今後の対応が注目される。 そして小野は小野自身が前向きな姿勢は変わらないが、「ウエスタンシドニーが希望する条件との調整に時間がかかるため、年内決着にはこだわらず、着地点を探す。」とのこと。クラブ幹部「年内というより、もう少し時間をかけて交渉することになる」 調整に時間がかかるということだろう。 小野の件はいろんな情報が乱れ飛んでいる。ウエスタンシドニー側が放出を断固拒否しているとか、小野自身が否定的とか。 今日のU型テレビで野々村社長が生出演して質問に明確に答えていた。 要点をかいつまむと 小野に対してはオファーを出している。小野と話した感じでは感触はいい。はっきりは言わないが、コンサドーレとしてひとつのプロジェクトに参加したいという意識を持っていると思う。難しいのはウエスタンシドニーと契約が残っていること。本田の移籍のように(本田の場合はヨーロッパチャンビオンズリーグがあったのでロシアの所属チームが契約期間は離さなかった。)シドニーはACLがあるので戦力としても残しておきたいのはわかる。しかし、なんとか来て欲しい。 ビンは小野よりはうまくいくかなといった感触。安心しないで欲しいものの、こないという理由はあまり見あたらない。お金の話をしている段階。小野はまだお金の話まで行っていないので時間がかかるだろうとのこと。 ビンは案外早く決着するかもしれない。 とにかく今後の報道を見守るしかないだろう。 勝手に叱咤コンサ外伝
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名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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