2013年04月08日
昨日の試合は逆転したと思ったら再び逆転負けで連敗 さして攻撃力があるとは思えない岡山に3失点を食らってしまった。 前半まったく攻撃ができなかった。 前半の戦い振りは反省点がかなりあっただろう。 前半は風下と言うこともあったが、相手の攻撃に押し込まれ出足が遅れまったくルーズボールを拾えなかった。 さらにはパスミスやトラップミスが目立った。これでは攻める形ができるどころか守備でも足を引っ張ることに。 そもそもサイドに上里や宮澤を置いたことが間違い。 ベンチの意図はサイドで起点を作ることにあったと思うが、押し込まれてしまいおまけにパスミスが多くては起点も作れなかった。 深井をボランチに置きたいのは分かるが、サイドで押し込まれた形を突破するためには推進力のない上里そして宮澤をサイドに置くというのは毎度ながら理解に苦しむ。 古田の欠場でサイドハーフのメンツが足りないのはわかるが、サイドの適応力のない彼らをサイドで使ったのははっきりいって間違いではないか。 また、ボランチは河合の調子が悪かった。パスミスがいつもよりも目立った。可能性のないパスをしては相手に取られることを繰り替えをしては、河合といえでもスタメンは考え直さなければいけないだろう。 逆転してからの守備は松本戦のようにバタバタしていた。 DFラインでギャップが出来て相手の進入を簡単に許していた。 また、チーム全体に落ち着きがなかった。 連続の失点は本当に痛かった。 昨日の試合は2-1で勝たなければいけない試合。 岡山には勝っておきたかった。 次節、ホームに戻るがここでしっかり勝って置かないとずるずる行ってしまうような気がする。 勝手に叱咤コンサ外伝
プロフィール
名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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