2013年03月29日
小雪が舞う宮の沢 徐々に日差しがさしたが、やはり寒かった。 ミーティングで30分の遅れ 曽田氏が臨時コーチで参加めいめいランニングキーパー練習キーパーは曵地がいなかった。そして北翔大学2年の金井選手がいた。ストレッチアジリティ黄色ビブス、青ビブス、ビブスなしに分かれて3箇所に分かれて鳥かごでパス回し。2人1組になってヘディングの練習ロングパスの練習'紅白戦前戦術ボードを使って財前監督が細かい指示を送っていた。 これは昨年とは違った風景。' 主力組のメンバーはそうきたかって感じ。 監督の入れたいメンバーをどうしても入れたかったという感じ。 サイドが窮屈じゃないかと思うんだが… コーナーからの練習を入念に行っていた。 守備の立ち位置もしっかり財前監督が指示していた。 パウロンが高いヘッドで存在感を示していた。サブ組がコーナーからの流れでヘッドで得点 FKの練習もやっていた。'カウンターからテレがドリブルして内村にパス 内村がゴール右隅に決めた。'最後は守備側と攻撃側に分かれて戦術練習今日の宮の沢NO.2はこちらから
プロフィール
名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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