2005年11月23日
甲府戦は、J2に落ちた2002年のロスタイム病を見ているようだった。
今日の敗因は右サイドにある。右サイドをあれだけやられたらしかたがない。加賀も相当に疲労していた。砂川を下げたのは正解。だが、試合勘のない西嶋を右サイドに入れざるを得なかったのは誤算だ。そして和波を長谷川のマンツーマンに。西谷を左サイドに回し、左サイドの守備が手薄となって、同点にされた。
これはなぜか。藤田をベンチに入れて岡田を入れなかったからだ。なぜこの大事な試合に藤田を入れたのか。監督は楽な展開(負けている状況とか、大量リードしている状況とか)で藤田を使いたかったらしい。しかし、何試合前か忘れたが、今後残り試合はベストメンバーで戦うと自ら言ったではないか。岡田の調子が悪かったかもしれない。しかし、試合勘のない西嶋より良いだろう。
藤田がだめと言うわけではない。彼の才能は疑うべきもない。しかし、なぜこのような試合にベンチの1枠を埋めさせたのか。戦術の選択肢を自ら狭めたとしか言いようがない。
はっきり言って今日の敗戦は監督自らがまねいたものと言わざるを得ない。
ハヤオ
Re:はじめまして
2005-11-23 22:09
>はっきり言って今日の敗戦は監督自らがまねいたものと言わざるを得ない 結果論で言えば、そういうことにもなるのでしょうね。 このところの練習、とくに一昨日の戦術練習と紅白戦に監督はかなりの時間を割き、かなり密度の濃い内容でやっていました。 自分は見に行っていましたが、この中で岡田は試合に出たい、突破する、という意気込みは感じられませんでした。見ていたほかのサポの感想も「いないも同然」 ベンチをどうするかは監督も実際頭が痛かったのではないかと思います。 簡単に勝てる試合などあるわけでなし、電池切れが心配な砂川、西谷もいます。怪我や電池切れでプランが崩れた時、岡田に限っては右サイド1箇所しかできません。西嶋はその動き、質は別として複数のポジションに入れます。征也も左右のサイドに入れます。 右サイド専門の岡田が、その専門職で行き詰ってるのなら、仕方がないな・・・とは、練習を見てきた仲間内での話です。 サポが遠巻きに見ている目と違い、監督の目には、 試合勘のない西嶋>調子の悪い岡田 だったのでしょう。 ただ、自分も交代で入った西嶋のゲームへの入れなさ、キョドッた様子にはorz でした。
孔明
Re:監督の隙が勝負を決めた。
2005-11-23 23:32
ハヤオさんコメントありがとうございます。 そんなに岡田は悪かったのですか。 私のなかでは相当期待しているのですが。 彼の場合はなにか精神的なものがあるのではないかと思うのですが。 寮生活がなじめないのでしょうか。
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名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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