2012年04月19日
昨日の試合は残念だった。 主審の判定もそうだが、一人少ない中でせっかく1点守りきる作戦にでたが、最後の最後で逆転されてしまった。 誰が悪いとも言えない。1人少ないことで守りの意識が強く出て、ゴール前に堅固なブロックをひいて、守りきったように思えたのだが、あれだけ攻められれば失点は仕方ないともいえるだろう。 気になったのはぎーさんのフィード 相手に攻められっぱなしだったので、コンサのゴールキックが多かったのだが、ほとんどはただ、一番長身の選手にあわせてロングボールを蹴るだけ。前線の人数が少ないので、合わせても簡単にボールを失い、拾えずに相手に渡るというシーンを繰り返していた。 チーム戦術なのかもしれないがここはDFにボールを渡し、つないで前に持って行くプレーをしてもよかったのではないか。 何でも一辺倒はよくない。 DFラインでボール回してプレスをかけられボールを失うことを恐れたのだろうが、パスまわしにもっと自信をもって後ろから組み立てる方法もとるべきだった。 あのような苦しい時間帯では自分たちの時間も作るべき、回す時間もないとただ相手に攻められっぱなしの時間だけが続く。 そして選手起用も?だった。 三上と岡本の位置も反対の方がよかったということもあるが PKでの失点は仕方ないが、同点になってからも守りになってしまったこと。純平の起用がよくわからなかった。押しまくられていたのでサイドを活性化させ、近藤に前でキープして欲しかったという気持ちもわかるが、そこは純貴だろうと思った。 リーグ戦ではないし、勝ち点1よりも勝ち点3を目指すべきではなかったか。 なによりトップに純貴をもってくれば鬼プレスで時間を稼ぐことができたはず。コンディションの問題もあったのかもしれないが非常に残念だった。 ただ、ナビスコはナビスコ。土曜日にはリーグ戦がある。気持ちを切り替えて初勝利を目指して頑張ってほしい。
プロフィール
名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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