2010年12月19日
ずっと気になっていたことがある。それは石崎監督の目力だ。 最終戦、社長が挨拶をしていた後ろで電光掲示板に写っていた石崎監督の目はうつろでぼんやりしていた。案の定挨拶をしている目の力も弱々しく肝心の挨拶は素っ気なく、この件に関してはサポーターからもいろいろと批判がでていた。 その後何日かして続投の会見をテレビで見たが、相変わらず目の力は弱く、ぼんやりとして強い意志を感じさせるものではなかった。確かに昨年、今年と成績が悪かったので、大手を振って強気に会見に臨むと言うことはできず、慎重な物言いに終始するしかなかったと思うのだが、監督の目からはまったく強い意志や覇気が感じられなかったのだ。 そのときの状態だけで判断するのは全くうがった見方と言われても仕方ないかも知れないが、このような状態ではどうも来季も心配である。折しも現在主力が引き抜かれるような新聞報道もある。来季メンバーが大幅に入れ替わるということも十分に考えられる。 監督には来季は今季の反省に立って改めて気を引き締めて戦術を構築し、練習を行い。試合に臨んでほしいと思う。 指揮官の様子は選手に伝わる。指揮官が意志が弱ければ、志気が低下する。チームの状態も良いものとはならないだろう。 来季また成績が悪ければ途中でも去就の問題が浮上するのは必死。 どうか石崎監督には自信をもって強い意志で来季も戦ってほしいものだ。
フラッ太
Re:ずっと気になっていた監督の目力
2010-12-19 20:54
僕もそこが非常に心配です。 戦力を揃えても、肝心の指揮官のモチベーションが上がらないのでは意味がありませんから。思わぬところでの戦力流出というのはあったのかもしれませんが、あまりに流出がひどいようだと監督としてもサジを投げ出しかねません。 監督のモチベーションもそうですが、 監督とフロントとの信頼関係が崩れていないかが非常に心配です・・・。
お玉
Re:ずっと気になっていた監督の目力
2010-12-19 21:10
出て行く人のことを心配していても仕方のないこと。監督も目算が外れたと思っているかもしれませんが、それでも補強の選手が決まれば、おそらく戦闘のスイッチが入ると思っています。監督はがんばってくれると思いますよ。私はそれほど心配していません。 今年度の赤字と借金返済を考えてのやりくりですから、フロントも監督も頭を痛めていると思います。貧乏球団の宿命ですから、そこから立ち上がるしかないのかな? ないものねだりはできません。
剛蔵
Re:ずっと気になっていた監督の目力
2010-12-19 22:27
確かに全体的に覇気のなさは感じますね。 いろいろと迷いがあるのかもしれませんが、 その迷いが様々な所に影響していると思います。 選手の流出も無関係ではないでしょう。
KOUJI
Re:ずっと気になっていた監督の目力
2010-12-19 23:02
確かに誰もが感じていることでしょうね。 ただ、責任感だけで続投を決意したわけではないでしょうから、モチベーションはあると信じたいかな。 前半戦で負けがこんだら、解任もやむなしとは思いますよ。 チームの存続第一なのはサポも分かっているんですから、ある戦力でベストの力を出せるように導いてくれればいいんです。
孔明
Re:ずっと気になっていた監督の目力
2010-12-20 00:20
◎ フラッ太さん。 監督の意図する陣容から遠くなってしまうと、監督のモチベーションの問題が気になってしまいます。クラブの昇格するという目標は変えないでしょうから、そのなかでどのようにやっていくのか、監督のモチベーションを上げる補強をしてあげてほしいと思います。 ◎お玉さん。コメントありがとうございます。 取り越し苦労だと良いのですが、どうも監督の目力の弱さが気になってしまいます。 このところあまり良い話題がないので、サポーターとしても心配なところですが、強化部も一生懸命やっているのでしょうが、なにか良い話題がほしいですね。 ◎剛蔵さん。 監督が迷うのはいろいろなところに伝染しますから。確固とした信念で来季戦ってほしいと思います。直樹と征也の去就の話題もありますし、監督としても気が気でないかもしれませんね。 ◎KOUJIさん。 与えられた戦力で戦うしかないのですから、そのなかで結果を出してもらいたいと思います。この2年間の成績の低迷が自信をなくしている原因かもしれませんが、できるだけリセットいるものはするという開き直りで戦ってほしいと思います。
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名前:孔明(まさあき) リンクはフリーです。 「あ」とか「ああ」、「あああ」 とかいうHNには基本的には削除するかコメントを返しません。 「通りすがり」も同じです。 また、ふざけたHNやコメントは削除します。 コメントはコテハンでお願いします。 そして誹謗中傷のコメントは有無を言わずに削除します。 コンサとの出会いは1996年6月2日の日本電装戦。 それまでコンサの試合はテレビでは見ていたものの、妻とスタジアムに見に行ってすっかり生のサッカー観戦にはまってしまった。 それ以来、アウェーにも何度か出かけ、妻と共々コンサを応援し続ける。 これまでのコンサの思い出は、 1996年9月12日の本田技研戦、ペレイラの負傷退場後の厚別にこだました救急車の音、 1997年5月25日川崎F戦、バルデス3連発の間で厚別のS席で自発的に出たすさまじい声援 1998年12月5日福岡戦、3点目をとられた時の室蘭の静寂 2000年3月12日、エメ3連発で鳥栖のサポータに「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめた鳥栖スタジアムでの開幕戦 2000年7月29日浦和戦、殴り込んでやろうか思ったお行儀の悪い狼藉ファンをだまらせた両サイドの得点 2001年9月15日清水戦、堀井の移籍後初試合でのVゴールに歓喜する劇場(ドーム) 2007年最終戦試合終了後ドームの電光掲示板に写ったCHAMPIONの文字 2011年最終戦で決めた内村の2ゴールで昇格を確信したこと。 など数えきらず。もうコンサなしではいられない。
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