とある番組の終焉に寄せて

2018年03月23日

ええ昨夜あった某番組が最終回を迎えたことに対してではある。

これだけの長きに渡ってやっていた番組ではあるから、昔を思い出すのは難しいのではあるが、当初はある意味健全であった。

それは所謂「楽屋落ち」みたいなことをやっていなかったのだな。
そうまずは内輪受けするようなことをしていなかった。
そしてその内容を一方的に面白がることもなかったように記憶している。


という書き方をしているということは、今がそうではないからでもあるのだな。

お笑いの番組が、先に内容にかかわらず笑い声を入れられることほど白けることはない。
この手法は今やどこでもあるのであるが、委ねる度量が無くなった時点で終わりだとは思うのだがね。


終わりを迎えてしまったことに対しては、その他にも身内をおもちゃにすることが多くなってしまったこともあるのだろう。

内輪的には面白いのかもしれないが、見せられる方は不愉快なことが増えてしまったこともあるのだろう。

痛めつけられる姿は、それこそ痛々しいだけである。

痛めつけられる側は、それこそ名前を売りたい、存在を認められたいがためにがまんするのだろうが、そんな姿は望ましくない。

内容の陳腐化以上の要因ではある。


まあ晩年は必然的な結果になっていたわけで。

ただ最後は通常の尺でやったことは評価すべきなのかもしれない。

最後だからと言って、特番化するよりはねえ。


ええそんな感じではありました。


post by akira37

04:41

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