座右の銘

2014年12月16日

自分にとっては「これだ」という言葉があるのではない。

そんなに偉そうに言えるような状況でもないし。


あえて選べば「謙虚でありたい」なのよ。
昨日は後輩に対して些細な部分で声を荒げる部分があったものだから、その後にちょっと自己嫌悪にもなるくらいでね。

いやそうしたのを持ってきたのは、方やでオイオイ的な事象があるからで。


衆議院総選挙が終わって、その結果に対してTVや新聞の見出しを見た際、私は目を疑ったのだな。

この人たちは簡単な算数もできないのかと。

どういう結果からこういうことになるのか、事実を素直に表現することすら最早難しいのかと正直唸ったというのが感想だったのね。

何なのだろう。


「謙虚でありたい」は、この国の首相へ向けてのメッセージでもある。

いや恩師や同級生からたしなめらるというのは、何と恥ずかしいことかと。

実際トップに立つ人というのは、本来孤独ではある。
時に暴走しようものなら、大変なことになるわけだから、賢い人はブレーンに自分にとって耳の痛いことを言う人を置くものなのだな。
それがお友達ばかり周辺に置くなんていうのは、まったく愚かな風にしか見えない。


道内にとっては影響力があると思われる某ラジオパーソナリティに対しては、私は是是非非の立場なのだな。

時に文句をつけたいことがあっても、受け入れる体制にないから、勿論反論することもしないけれども。

一方で正しいと感じる部分は素直に認める。

この辺りは長年関わってきた中で訓練された部分であろう。

まあ直接交わることは今後もないだろうけれども、簡単に何でもかんでも受け入れることにはならないのだな。


時に恣意的に誘導しようと見られることに対しては、特に慎重でありたい。

見極めることもしないで、ただ大騒ぎすることだけは止めよう。


post by akira37

04:41

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