誇らしさと、寂しさと

2013年09月26日

昨夜公式HPに出てきた上里の言葉。
こういうことは、本人のブログ上で済ませてもいいことなのだろうけれども、たっての願いというのがあったのだろうと推測する。

サポ冥利に尽きるし、こうなれば中途半端な意識で残り試合に対峙することなどありえない、とこちら側の意識を引き締めるにも有効なのではないのかと、考えた次第ではあったのである。


昨夜は日立台でACLの準決勝があったわけだが、先制するも大逆転負け。ホームでの大敗は、結構堪えるだろうと改めて感じるところで。

でフェイスブック上のコメントが荒れているわけだ。
何だかねえ、もうやりきれない思いがいっぱいってことよ。

良いとか悪いとかよりも、何か寂しいね、ということなのよ。

次元がさ、どうにも。


ニュースを見れば、またJR北海道の問題に始まっている。

確かにやっていることがお粗末過ぎるといわれれば、弁解の余地もないレベルのことではあるのだけれども、さすがに毎日こうなると辟易する。

いや大事なことだとマスコミはまた言うのだろうが、どうも弱い者虐めを楽しんでいる風でもあり、いやスポンサー様だから肩を持つということではなく、こちらもまたやりきれなさを募らせるだけなのだな。


今朝深夜時間帯のツイートを眺めていたら、気になるものが出てきたものだから、転載してみる。

子供が努力しないのは、努力が報われない社会だから。
子供が勝負しないのは、負けたら終わりの社会だから。
子供が信用しないのは、裏切るのが当然の社会だから。
子供が挑戦しないのは、夢を馬鹿にされる社会だから。
子供が成長しないのは、責任を押し付ける社会だから。

何か寂しいね。


post by akira37

04:41

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