神社での作法

2007年03月02日

高校の弓道場には神棚があって、練習の始めと終わりに毎日礼拝していた。(注1)
だから、神社でお参りするときの「二礼、二拍手、一礼」は体に染み付いている。
上京して、趣味の神社めぐりをしていると、(注2)音を立てないでお参りする人が
結構いるのを見て違和感を持ったが、そういう風習なんだろうと、さほど気にも
留めなかった。それが10年以上前の話。

このニュースを読んで、そのときのことを思い出した。「忍び手」という
作法があったのか。ひとつ利口になったなあ。
(当時から細木信者がいた可能性は否定しないけれど。)

神社を信じようが細木さんを信じようが信仰は個人の自由なんでとやかく言いませんが
邪馬台国の昔から柏手を打つ習慣があったそうですし(魏志倭人伝に書いてある)、
昔からの伝統は大切にしたいと思うところです。


(注1)
神道系の学校だったわけではなく、気の利いた道場にはたいてい祀られている。
カトリックの宣教師が作った大学の弓道場にも神棚があるのを見つけた時には
さすがにしばらく話の種にできるくらい衝撃的だった。

(注2)
高校生のときに『帝都物語』『日本妖怪巡礼団』等、荒俣宏その他の著作で
妄想を膨らませていたのが原因と思われる。今はオカルトはたしなむ程度。
日本代表ユニのヤタガラスについて語ってウザがられる程度です。


この記事に対するコメント一覧

コメントする