皆が違うことから始まる

2008年04月23日

福島に来ていまだにとまどっているのは、だれもが同じであることを求めていることです。

福島に来るまで、水族館という特殊な場所にいたせいなのか、それとも海外や札幌という土地柄のせいなのか、どちらかは分かりませんが、やって良いこと行けないことという基本はあるにしても、それ以外は、各自の特徴を出し合っていいものを築いていこうというのが、世の中の進み方だと自分も思っていたし、周りの人もそうだったように思います。

だから、みんなが同じことをやっている(いややっていてもいいんですけど、それ以外のものを出すと拒絶される)ということに、どうしても居心地の悪さを感じてしまいます。

人間、生まれも育ちも違う分、それぞれ必ず、弱いところもあれば良いところもあります。
昔、コンサの監督だった岡田武史さんが、サッカーでは、誰もが主役というわけには行かず、それぞれが役割分担が必要というようなことを言ってたように、日常生活でも、それぞれが相手の特徴を認め合って互いの欠如するところを補っていければ、同じことだけを皆がするより効果的に暮らせると思うんです。

みんながDFでも行けないし、みんなして我先にとシュートをねらっても行けない、それぞれの違いを受け入れて暮らせる社会って、自分にとっても周囲にとっても、一番生活しやすい社会じゃないのかなあ、なんてぶつぶつ考えたりしている今日この頃です。


post by じゅうよっつ

23:16

考えごと コメント(2)

この記事に対するコメント一覧

さぶ

Re:皆が違うことから始まる

2008-04-24 22:16

こんばんは。 自分は山形に4年間いましたが閉鎖的でしたね。 それをこじ開けようとしていたら支店長に「○○さんがウルサイ」とシッカリ告げ口されてしまった苦い経験があります・・・。 「おしん」の国ですから寡黙が一番だと言う話を聞いたのは、その後でしたとさ。

じゅうよっつ

Re:皆が違うことから始まる

2008-04-24 23:14

うん。難しいですね。 時に、ひとり空回りしている自分が悲しい。 でももしそのうち埋もれてしまうのなら、それはなおさら悲しいですけど。

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