2009年02月12日
小柄な身体で、よく頑張ってくれました。
彼のピークはセレッソ時代だったと思いますが、
セレッソから神戸に移籍したとき
サカマガだったかサカダイの
インタビュー記事で
靭帯が切れていて、寒いとしんどい、言ってました。
寒い札幌に来てよく我慢してくれたと思います。
トレードマークともいえるタイツ姿・・
これも、寒いとしんどかったからなんでしょうね。
思い出すのは、天皇杯で勝ち進んだときのJ村でのキャンプ。
タイツ姿のレフティーが目立って上手だった。
あれ誰?セバスティアンにしては上手すぎ?と思ったら、
日本語をしゃべってた・・
そう、西谷だったんです。
まわりとは次元が違うは言いすぎですけど
1人だけカテゴリーの違う選手が練習に加わっていたようでした。
J1昇格に最大限の貢献をしたものの
昇格後のJ1の舞台では花を咲かせることができなかった・・・
本人も限界を感じていたものと思われます。
現役生活では、おそらく完全燃焼できなかったと思いますが
その分、第二の人生で活躍してほしいと思います。
プロフィール
栗山町で生まれ、その後南幌、滝川、北村(現岩見沢市)、秩父別と空知管内を転々とする。 高校卒業後も道内で過ごしていたが、競馬場があるという理由だけで福島県に就職。 現在は福島県の太平洋岸にある南相馬市に在住。 初コンサ:J村こけら落とし時のvs福島FC 資格:元4級審判(数試合笛を吹いた) 還暦をとうに過ぎているが、精神年齢は・・・
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